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【18.10.19】人材シリーズE最終回「これからのホテル人材開発のあり方」
シリーズ「ホテルにおける超人材難時代の人の育て方」の最終回です。指導力のある管理職をどう見極めるか、管理職として未熟な人材をどう成長させるか、その取り組みをホテル人材開発担当者がどうつくっていくかの提案です。ホテルにて人材開発業務経験もある人材開発の専門家の論文です(匿名を希望されています)。ブログとしては少し長いですが、価値ある提案であり、ホテル業界への深い愛情を感じますので、そのまま原文を紹介します。
●構成/宿屋大学
はじめに
宿泊や飲食という「体験」を売るホテルというビジネスにおいて、人材の重要性は言うまでなく大きい。ラグジュアリーな空間や素晴らしい料理など、ホテルのハードがゲストの印象を決める大きな要素であることは間違いないが、そこに人材が介在することにより、ゲストにとってホテルでの体験は何倍も素晴らしいものになりえるし、逆に大きく価値を損なうこともありえる。他ホテルとの差別化を実現するためには、ゲストの体験を素晴らしいものにできる優秀な人材を確保、育成することが肝要であるが、今後ホテル業界の人材獲得は難しい局面を迎えることになる。
魅力的な人材を惹きつけられるかは、ホテルの存続を分ける生命線
まず、ホテル業界に限らず日本全体における労働力人口の減少がある。全体数の減少に加え、その構成においても若年層の減少と老年層の増加が加速しており、各ホテルにおいて最も人材のボリュームが必要な若年層の確保が困難になってきている。
さらに、ホテル業界の採用環境に目を移すと、ホテル間での人材の取り合いというだけ ではなく、他業種も軒並み採用数を増やし、もはや全企業が競合といえる環境の中で、不規則な勤務時間で重労働のイメージのあるホテル業界は、他業種との競争に敗れて人材を失うケースも少なくない。 加えて、折からの訪日外国人数の急拡大と 2020 年の東京オリンピック、パラリンピックの開催決定を受けて、日本中に空前の新規ホテル開業ラッシュが訪れている。爆発的に増えるホテルの数に対し、それに見合う人材の供給が追いつかず、人材不足による倒産も現実味を帯びている。 ホテル業界を担う人材の絶対数を増やすための議論については、労働環境の改善や外国人労働力の活用拡大など、ホテル業界、および国を挙げての議論がなされるべきだが、限られたパイの中で魅力的な人材をいかに自社に惹きつけるかはホテルの存続を分ける生命線であり、ホテルHRにとって先延ばしにすることができない喫緊の課題である。
「起きたことへの対処」ではなく「起こさないための戦略の構築と実行」を
本来であれば、ホテルHRは、その時間と労力の多くを働き手にとって魅力的と感じられる環境作りに割くべきところであるが、果たしてどれだけの熱意を持って効果的に取り組むことができているだろうか。事務的な作業を淡々とこなすだけの影響力の薄いHR(熱意が少ないケース)や、逆に影響力を振りかざしたいがために的外れな施策を講じる厄介なだけのHR(熱意の解釈と使い方を間違えていて効果が薄いケース)に、魅力ある組織作りが難しいのは当然である。例え熱意を持っていたとしても、効果的に立ち回れるかというと、現実はそれほど簡単ではない。なぜなら、すでに起きてしまっていることへの対処に多くの時間と労力を割いているため、課題だと分かっていながらも問題の根本的な部分に手を付けることができていないからである。しかし、それでは今後より苛烈さを増す人材獲得戦争は勝ち抜けない。どこかで、「起きたことへの対処」から「起こさないための戦略の構築と実行」へとスイッチを入れ替えないといけない。
この論文では、旧来のやり方から脱却し、今後起きえる問題に対して前向きに手を打つアクティブなHRの在り方を「管理職昇格時の360 度評価の導入とその運用」を題材に考えていきたい。
どんなに質の良い水を入れても、器に穴が空いていては、水は溜まらない
まず、現在のHR が陥っているジレンマについて考えてみる。本来手をつけるべき問題の根本部分の解決に手が回らないのは、起きた問題への対処に膨大な時間と労力を割いているからだと先に述べたが、具体的には人材の流出=退職に伴う手続きと、退職に伴う空きポジションを埋めるための採用に追われている。 「退職手続きと採用に追われる」→「根本的な問題の解決に手が回らない」→「就労環 境が改善しない」→「組織の魅力が高まらない」→「退職が増える」→「退職手続きと採 用に追われる」…、という無限の負のループに陥っているのである。熱心なHRは、採用の質を上げることで状況の改善を図ろうと試みるが、どんなに質の良い水(人材)を入れても、器(ホテルの組織)に穴が空いている状態では中身は良くならない。
ではどこに手を付けるのか。上記の負のループのうち、 「根本的な問題の解決」に力を注ぐことができたらどのような変化が期待できるだろうか。 「根本的な問題の解決に着手する」→「就労環境が改善する」→「組織の魅力が高まる」 →「退職が減る」→「退職手続きや採用に割く時間を減らせる」→「問題の解決、就労環 境の改善、組織の魅力の向上のためにより多くの時間と労力を割ける」…、という正のル ープが始まる。強固な器を作り、そこに良い水を注いでいけば中身の質も上がり、再び器に穴が空くことはなくなるはずだ。
管理職はコミュニケーションの要
こうした正のループを生み出すための施策の一つとして、今回は管理職昇格時の360度評価の導入とその運用を取り上げたい。管理職をターゲットにした施策を題材とするのは、 ホテルのビジネスの成否において管理職の存在が極めて重要だからである。管理職の担うべき役割はとても幅広い。利益追求という目的を果たすため、自部門の売上向上を図り、同時に無駄な出費を抑える。しかしそのコスト削減によりサービスの質が落ちることがないよう高度なバランス感覚を発揮し、高い顧客満足を実現することが求められる。ピープルマネジメントにおいては、力量、性格、働くモチベーションが異なる多様な人材を率い、個々の持つ力を集約してチームの総力としての最大のアウトプットを引き出すという重要な役割を果たす。「仕事だからやる」、「生活のために必要だから仕方なくやる」という味気ない仕事ではなく、一人ひとりが自己の成長を実感しながらやりがいを持って働ける環境を創ることが求められる。
また、自社が目指している方向性を正しく理解し、それをチームに落とし込んで浸透させていくのも大切な役割である。いま会社で何が起こっていて、経営陣がどのように考え、今後どのような方針が取られていくのか。経営陣と一人ひとりのチームメンバーとの間でコミュニケーションのハブの役割を果たすことで、正しい理解と納得感が醸成される。これだけ多くの役割を果たす管理職がその求めに応じて十分なパフォーマンスを発揮できるかどうかは、その部門にとって、さらにはホテルにとって、ビジネスの成否を左右する最重要な要因になりえる。
しかしながら、上記のような管理職としての役割を正しく理解し、ふさわしい行動、言動で応えることができる管理職は、現実的にはかなり限られていると感じる。こうした現状を作り上げているのは、何もその管理職個人の資質ばかりではなく、その選定の方法にも問題があるのではないだろうか。現実の選定の場面においては「日々の業務をいかに回すか」に重きが置かれ、部門やホテルのビジネス結果を左右する重要人物を選んでいると いう視点が欠けがちであるように感じられるのである。
問題のある管理職昇格の3パターン
ここで、実際に起こりえる誤った管理職昇格の事例をいくつか紹介したい。
まずは、管理職になる前の段階において、非常にパフォーマンスが高い「スタープレイヤー」が抜擢されるケースである。チーム力の向上に意識して取り組んだ結果、その報いとして抜擢されるのではなく、個人としての能力の高さが「結果として」チームへの貢献になっていたというケースである。スポーツの世界でも「名選手、名監督にあらず」という例が多く見られるが、ホテル業界においても同様である。管理職の役割として、チームの総力で結果を出すことが求められるが、スタープレイヤーは人にタスクを任せて回収するのを待つよりも、自分がやった方が早いし仕上がりの質も高いと考える傾向にある。
当然のことではあるが、一人でやれることには限界があることから、最終的にはチームとしての成果は下がることになる。また、「スタープレイヤーとして結果を残し続けてきた人には、できない人の気持ちが理解できない」という特徴が表れやすい。スタープレイヤーがこなすのと同等のレベルで要求に応えられるチームメンバーの数は当然限られる(またはいないかもしれない)が、それが理解できない。人はそれぞれに良さがあるし、成長のスピードも人それぞれであるのに、それに気づけずに厳しく当たってしまったり、早期で人を見切ってしまう。結局、メンバーがチームを去ることになっても、 代わりになる人材を容易に見つけることなどできないため、人材の流出に歯止めが掛からずにチームが崩壊してしまう。
二つ目に、上司からの評価が高い人材が抜擢されるケースである。ポイントは、評価が高いのは上司からのみで、同ポジションの同僚や部下、他部署からの評判が悪いことである。上司から頼まれた仕事はそのほかの優先順位を崩してでも最優先で対応することから、上司からは「レスポンスも早いし優秀」という評価を受けることとなる。しかし、崩した優先順位の歪みは当然そのほかの場所に波及することになるため、上司以外が良い顔をす ることはない。 こうした人材が抜擢された際によく陥るジレンマとしては、例えば部下が「もうあの人の下では働けない」と悲鳴を上げた場合においても、問題の解決に時間が掛かることが挙 げられる。HR からその管理職の上司に対し問題になっていることを説明し、解決に向けて アクションを取ってもらうよう依頼しても、その上司は何が問題であるのかを理解することができない。それは問題となっている管理職は上司には良い顔しか見せていないためで、上司としても「あいつは良くやっているから」とそれ以上深く考えようとしない。複数の部下から悲鳴が寄せられ、いよいよその管理職を外すのか、その人物が残るのであれば複数の部下が退職する、という究極の選択が求められる場面においても、上司は決断することができない。なぜならば、その上司にとっては常に自分のために結果を出してくれる優秀な部下を失うことになり、困ってしまうからである。結局判断が遅れ、希望を失った部下が会社を去ることになるのは非常に悲しいことである。
三つ目は、とりあえず空いたポジションを埋めるために、まだ準備が整っていない人材を抜擢するケースである。地位が人を育てることももちろんありえるが、うまくいくケースは限られており、例えうまくいったとしても狙った通りになったというよりは「ラッキーだった」としか言えない。こうした抜擢が行われるのは、先に述べたように「オペレーションを回す」ために必要だからで、本来管理職に求められている役割からは大きく離れており、最大のビジネス結果を望むのは難しい。
部下に「その人に付いていきたいと思えるか」を問う
誤った人材の管理職昇格が、時に組織を滅ぼすほどのリスクを帯びていることを述べてきたが、それでも次の管理職を選ばなければならない場面が訪れた時に、組織の力を高める正しい人材を抜擢するための具体的な案として、360 度評価の導入を挙げたい。通常、昇格の決定においては部門長の推薦をもとに、人事部長、経理部長、総支配人などの関係者による審査、承認を経て決定に至るケースが多い。この審査の過程に部下や同列の同僚、業務上やり取りの多い他部署の関係者を含めることが、今回の提案の主旨である。部門の上司から管理職昇格についての推薦があったときに、HR主導でアンケートを実施する。内容はシンプルであればシンプルであるほど良く、回答に時間と手間がかかり過ぎることで回答が得られないという事態を防ぐ。また、その回答を誰から得たのかを被考課者に漏洩しない旨を約束することを前提に、記名での回答を依頼する。
まず、同部門の部下、同列の同僚に問うのは、端的に言えば「尊敬できる上司か」、「その人に付いていきたいと思えるか」である。それを問うための具体的な質問の例を挙げてみる。
@その部門で必要とされる専門知識を備えているか(5 点満点)
A十分な問題解決のスキルを備えているか(5 点満点)
B部門が抱える困難に対し、積極的に関与して解決に取り組んでいるか(5 点満点)
C自分に対するコミュニケーションが十分であると感じるか(5 点満点)
D被考課者の関心はどこに向いていると感じるか (@. 上司、A. ゲスト、B. 部下・同列の同僚、それぞれに対し 100%のうち何%ずつか)
E立場が違う人(部下、パートタイマーや派遣スタッフ、外部のパートナー会社のスタ ッフなど)への配慮があるか(5 点満点)
F被考課者の強み、弱みはどこにあるか(フリー記述、任意)
G被考課者が今後管理職になることへの期待と懸念はどういったものか(フリー記述、 任意)
H被考課者が良い管理職になるために必要と感じるのはどういったことか(フリー記述、 任意)
I被考課者を管理職に推薦するか(Yes/No)
@とAはセットで、Aがあれば@を備えた同僚、部下と協力することで問題解決を図っていけることから、必ずしも@を持っている必要はないと言える。Bは率先して取り組む姿勢のない上司は尊敬を勝ちえることはないであろう。Cは業務上の指示以外にも多くのコミュニケーションを取ることで、被考課者の人間性や考えを知り、人としての魅力を感 じる機会が十分にあるかを問うている。Dは先に述べた誤った管理職昇格の 2 つ目の例が 当てはまるかを知るために問う。Eの質問は、地位が上がった途端に急に尊大になり、自分より弱い立場の人に対して横柄な態度を取る人がいるが、その危険性を測るために非常に効果的だ。一方で、どんな立場の人にも平等に接する人には、その人が本当に困った時や必要とした時に周囲が自然と手を差し伸べるものだ。FからHのフリー記述項目は、@からEの質問で点数をつけるだけでは拾いきれない回答者の心の声を拾うのに有効である。 そしてIで率直に管理職として、上司として認められるかを問う。
他部署の関係者に問うのはその人と仕事がしやすいかである。ここでいう「仕事のしやすさ」とは、なあなあで仕事をするという意味ではなく、会社の全体最適のために協力して仕事を進められるという意味であるが、それを問うのに下記のような質問をぶつけてみたい。
@自部署とのコミュニケーションは良好か(5 点満点)
A被考課者と自部署との利害が相反する時に、ホテルの全体最適やゲストにとっての最 適を考えた落とし所を見つけようとしているか(5 点満点)
B被考課者が今後管理職になることへの期待と懸念はどういったものか(フリー記述、 任意)
C被考課者が自部署と良好な関係を築くことができる管理職になるために必要と感じ るのはどういったことか(フリー記述、任意)
D被考課者を管理職に推薦するか(Yes/No)
ホテルの仕事は個人や自分の部署のみで解決できることばかりではなく、様々な人、部署の協力によって解決に導くことが多いことから、@で問う各部署間の良好なコミュニケーションは欠かすことができない。また例えば他部署から何かしらの依頼を受けた時に、その日の気分や依頼主との関係性によって判断の基準が変わるのは好ましくない。Aで問うているようにホテル全体の目線、ゲストの目線から、ときには譲歩し、ときには自己の主張を押し通しながら最適な解を見出すことが管理職には求められる。BおよびCで被考課者の具体的な良さ、至らなさのヒントを掴み、Dの質問で率直に被考課者と仕事がしやすいかを問う。
管理職人材の「選定」だけではなく、キャリア形成にも最大限利用する
上記のようなアンケートを実施して得られた結果を点数化し、一定の基準を満たせば昇格を認めるが、満たせなかった場合には昇格を見送る。誤った人材を管理職に昇格させないで済むという点では、この仕組みの導入はそれなりの効果を上げることができるであろう。しかし、ホテルが抱える人材の開発を担うHRの役割として、それは十分な成果といえるだろうか。はじめに述べたように、ホテル業界の人材を巡る競争が今後ますます苛烈さを増していくなかで、一人の人材が管理職になるための要件を満たさなかったからといって、すぐに同レベルかそれ以上のレベルにある他の人材を内外から発掘するのは非常に難しい。であるならば、ホテルHRとしての役割は、この仕組みの目的を管理職人材の「選定」に使うのに留めるのではなく、このアンケートの結果としてあぶり出された被考課者の現在の立ち位置を把握し、到達したいゴールとの差を埋めるための継続的な「支援」の材料として、将来的にはその人材が管理職として活躍できるよう、成長を促すことなのではないだろうか。
仕組みの導入に留まらないHRの役割
被考課者が上司から信頼を得ているのはもちろんのこと、同列の同僚や部下、他部署の関係者からも認められている人材の場合、会社は管理職への昇格という形でこれまでの貢 献に報いる。旧来の HR であればその手続きを滞りなく進めることで及第点なのであろうが、人材難の時代を勝ち抜く HR の役割としては十分ではない。 今回のアンケートの結果をフィードバックする機会を持ち、その場を新任管理職の今後のキャリア形成のために最大限利用する。集まったポジティブなフィードバックを伝えるのはもちろんのこと、本人にとって耳が痛いことでも率直に伝える。これは、より良い管理職になるための向上のヒントとしてとても重要である。今後のキャリアプランもヒアリングし、その実現のために会社としてできるサポートについて一緒に確認する。そして何より、会社がその人材を重要な財産として大切に考えているということを伝えるのを忘れてはならない。一方、昇格のための基準に満たなかった場合は、この機会を今後の大きな成長のための重要な分岐点とするために、より多くの労力と時間を割いてフィードバックを行うべきだ。
「足りない部分を埋めた未来は今よりも良くなる」と伝える
まずは、「次の管理職候補として期待されていること」と、「どういった点が評価されているのか」を伝える。一方で、「管理職になるにはまだ向上を必要とする点がある」ことを率直に伝える。しかし、それは決して悲観的なことではなく、これまでの良さを残しつつ現在足りていない部分を埋め合わせていくことで、今後管理職としてさらなるキャリアの発展の可能性があることを示す。大切なのは、足りない部分を埋め合わせた未来が今よりも良いものであると想像させることだ。より良い未来が見えているからこそ、苦手な分野や向上が必要と気づいていながら後回しにしていたことに着手するためのモチベーションが生まれる。こうして意欲を高めた上で、いつまでにどうやって望ましい地点にたどり着くかを、具体的なアクションプランと期限を設定し、合意を形成する。HR としてできるサポートについても最大限に実行していくことを約束する。
こうしたディスカッションが最大限の効果を生むためにも、先のアンケートでより詳細で正直なフィードバックを得られていることが極めて重要だ。先にアンケートはシンプルであればシンプルであるほど良いと述べたが、こうした仕組みを導入する際に「より素晴らしい仕組みにしたい」というHRの欲が出過ぎてしまうと良くない。あまりに凝りすぎて回答するのが面倒臭いと感じられるようでは、有効な回答は得られ難い。HR の成果を示すための導入ではなく、貴重な人材に成長の場を与えるという導入の目的を忘れてはならない。
アンケートを記名式にするのも重要なポイントである。無記名の場合、回答内容の責任を問われないことから個人的な好き嫌いのみで判断したり、日頃蓄積している文句をぶつけるだけの場になってしまうことがありえる。しかし、気に入らない人の足を引っ張り合うような組織に成長は望めない。被考課者の存在がホテルの健全な血流の妨げになっているのであれば、それに不満を持つ者は文句を言うことでなく、「こうなってほしい」という期待を伝えることで改善に貢献できるはずだ。そのため、「なぜそのような回答をしたのか」と疑問を持つことがあれば、HR がそれを回答者本人に直接確認し改善につなげられるようにしたい。 アンケートに回答した結果、被考課者が目に見えて変化したという実感を持ってもらえれば、「このホテルは良くなっていく」という希望を持ってもらえるし、そうでなければ「言っても無駄」となる。HR の取り組み次第で集めたたくさんの声は宝の山にもなりえるし、逆にゴミの山にもなりえる。
理想的な導入の形
こうした評価の仕組みをどのタイミングで用いるのが望ましいか。管理職ポストに空きが生じ、そのポストに収まるのは誰がふさわしいかを探して、そこから評価に掛けるのでは遅い。評価結果が良好で、「管理職昇格の準備ができていた」ということであれば、それは幸運だが、評価の結果、「その候補者の準備がまだ整っていない」ということが明らかになった場合、重要な管理職ポジションが空いたままの状態で準備が整うのを待つか、いつ見つかるか分からない(もしくは見つからないかもしれない)外部の人材を探すことになる。準備が整っていないまま「組織の見た目を整えるため」に昇格させることはできる限り避けたい。準備が後手に回ると大きな機会損失を招いてしまうが、それを防ぐためにも次の管理職を担う人材を早くに選定し、360度評価を用いて現在の立ち位置を明らかにして、管理職としての準備を整えるためのアクションプランの実行を開始しておきたい。理想形は、各部門キーポジションの後継者育成のためのサクセッションプランのスタートとして、後継者候補として選定された人材の現在の立ち位置を把握するのに用いるのが最も効果的と考える。
おわりに
ホテル内で血流が滞っている箇所を見つけ、解決のための施策を構築し、その施策の運用を通じてホテルの働く環境を改善して、組織としての魅力を高める。HR がこうした役割を果たすことができた時、ほかのホテルとの人材を巡る戦いを優位に進めることが可能となる。 今回題材として取り上げた管理職昇格時の 360 度評価の導入は、仕組みとしてはそれほど目新しいものではない。しかし、もしこれを効果的に運用することができれば、被考課者は管理職として成長する機会を得て、管理職として働くことの楽しみややりがいを見つけることができ、そのホテルで働き続けることのメリットを存分に感じることができる。
そうして管理職が生き生きと働く環境下では、自分もいつかあのような管理職になりたいという目標を持ち、日々の業務に前向きに取り組む、新たな魅力的な人材が生まれる。良い人材が集う組織には良い人材が惹きつけられ、いつか、冒頭に書いた人材不足など嘘のように、 「人材で勝つ」組織が出来上がる。HRとして忘れてはならない大切なことは、仕組みを作ることが目的ではなく、その仕組みを活かしてホテルの成長に貢献できるよう熱意を持って取り組むこと、自分が評価されるためにやるのではなく、ホテルの全体最適のためにやること、そして、HRとして関わる人の成長のために本気で向き合うこと。もちろん言うほど簡単なことではないが、一人でも多くの人に成長ややりがいを実感してもらえる環境を作り、問題を抱える部門の問題解決や、所属するホテルの魅力の向上に貢献できる HRパーソンになっていきたいと思う。