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【18.08.03】人材シリーズ@ 総論「誰もが仕事に遣り甲斐を感じながら成長できる職場づくり」
PHM育成以上に喫緊の課題
日本のホテル業界は、20世紀末まで、顧客満足重視、現場オペレーション偏重だったように思います。「ホテルなんだから上質な接客を提供して当たり前」という価値観があり接客技術やオペレーション技術を磨くことに努力してきました。結果、PHO(プロフェッショナルホテルオペレーター)は、たくさん生まれたのですが、残念ながらPHM(プロフェッショナルホテルマネジャー)はあまり生まれませんでした。上質な接客オペレーションによって、お客さまを喜ばせることはできても、それを利益に換えていったり、社員の幸せも同時並行で追及していくようなマネジメントができるプロのマネジャーがほとんど生まれてこなかったのです。
これは、ある意味、ホテルの親会社や経営者が「ホテルから上がる利益」を求めてこなかったからという理由が大きく、ある意味仕方なかったのですが、今は「親会社のお飾り的ホテル」は少なくなり、「ホテル事業でしっかり稼ぐ」ことがホテルで働くマネジャーにも求められています。そういう時代の変化、時代の要請に合わせる形で、プロフェッショナルホテルビジネスマンの養成を、宿屋大学はコアビジネスにしています。
一方で、別の問題も多く私の耳に届くようになりました。
現場のホテルスタッフからの悲鳴です。パワハラ・モラハラやオーバータイムが横行していてホテルを辞めたいというホテルパーソンからの相談です。厳しいだけの指導しかできないマネジャー、手柄は自分が持っていき、失敗は部下のせいにするアシスタントマネジャー、上司にはホスピタリティを発揮するが、部下や後輩には一切発揮しないチームリーダーなどなど、「昭和の時代には多く聞いたけれど、いまでもそんなひどい上司がまだいたのか?!」と嘆きたくなる事例をよく耳にするのです。
ホテルの現場スタッフから届くこのような悲しい現実を知るにつれ、業界向上のためには、劣悪な職場の改善や、社員がやりがいとプライドを持って働ける環境づくりが喫緊の課題に思えてきました。
発端はSOS
「現場を何とかしないと!」と考えるようになった発端は、あるSOSでした。
2月某日、都内の高級ホテルの料飲施設でアルバイトをする知り合いの男子学生(A君)から、「自分は、もう限界にきているようです」という連絡をもらいました。
ここでは、本ケースを、固有名詞を変えてお伝えします。
A君(前もって言っておくと、このA君は非常に優秀であり、職場からものそのように評価されています)から聞いた内容は、下記のような内容でした。
●先輩Pさんから、歩き方、言葉遣い、食器のサービス法などの指導をされた。そして、一つ一つ頭ごなしに注意された
●いつも予習をして仕事に臨むのに、やることなすこと先輩Pさんから全否定される
●Pさんに注意されてしまうと、自分の頭が真っ白になってしまい、パニックになってしまう。それにより、今までできていたこともできなくなってしまった
●Pさんから、「お前のことをこんなに詳細に注意できるのは俺しかいない。俺は注意することはやめない。俺も10年前はホテルの料飲に入って死ぬほど辛かった過去があるから今がある。お前をいじめてやろうとかそういう意図でやっていることではない。それだけはわかってくれ。怒る方だって辛いんだ」と言われた
●Pさんと一緒にいるだけで震えが止まらないくらいのトラウマを背負ってしまった
●Pさんの厳しい口調を聞くたびに頭が真っ白になり、手は震えてしまう。理性と体のギャップに大きな苦しみを感じ、良い接客どころではなかった
先輩Pさんから厳しく注意されていたのは、A君だけではなかったようです。正社員として入社した新卒者は、もっと厳しく指導され、毎日泣かされていたし、Pさんが原因で辞めてしまった新卒者もいたそうです。
Pさん曰く、「より良いサービスをお客さまにできるように厳しく指導している」のだそうです。
果たして、希望を持ってホテル業界に入ってきてくれた貴重な人材の人生を不幸にし、トラウマを追わせるほどの精神的なダメージを追わせてまで、よりよいサービスをする必要があるのでしょうか。
Pさん曰く「お前らのためを思って厳しことを言っているんだ」だそうです。
でも、受け手には、その思いは届いていません。
完全に独りよがりです。
伝わらない愛情は、ないに等しい。
伝えたいことや愛情が伝わらないのは、伝え方が悪いわけで、伝え手に責任があるのです。
セクハラと一緒で、受け手がどう感じるかが問題です。
「俺は愛情込めて指導している」と言っても受け手が「パワハラ」と感じれば、それはパワハラです。
私は、P氏は、指導者としては失格だと思うのです。
「疲れた。もうここで働く意味はない」
私はこのSOSを受け取り、A君の了解を得て人事部長に報告しました。人事部長は、早急にA君と面談してくださり、別のレストランへの異動を促しましたが、結局A君は、そのホテルのアルバイトを辞めました。その理由は、下記のような理由があったからのようです。
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(同じレストランで働く)非常に優秀なサービスマンXさんが、一月に突然ホテルを辞めました。Xさんは優秀なだけでなく、私や新卒が何かやってしまったときにPさんから守る盾のような役割をしてくれていました。新卒の先輩も、現に「Xさんがいたから私はこの一年辞めずに働くことができた」と言っていました。Pさんに泣かされている新人を慰めたりするのはいつもXさんの役割でした。しかしそのXさんが辞めてしまいました。その時に新人の先輩にXさんはこう言ったそうです。
「疲れた。もうここで働く意味はない」
尊敬できる先輩がそのように辞めていくことに大きな悲しみを感じました。
また、ほかのレストランで働くことも考えましたが、「どこのレストランに行ってもPさんのような指導をする先輩はいるよ。Pさんは、まだ優しいほうだよ」という話も聞きました。
私はアルバイトという身分です。正社員の皆さんは、人生を懸けて働いていますから覚悟が違います。しかし、その覚悟でもってPさんのような上司・先輩のモラハラを乗り越えたところで、その先には本当に質の良いホスピタリティが待っているのでしょうか。精神が鍛えられたつもりで、実際には磨耗し、独りよがりなサービスをするサービスマンになってしまうか、Xさんのように、燃え尽きて他の職場に行ってしまう人が少なからずいるのではないでしょうか。このままでは、不幸が増える一方に思えてなりません。
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このような辛い思いをしているホテル業界人は少なくないと思い、私は深刻に受け止め、行動したいと思いました。業界全体のために、新たな被害者がでないために、そして電通事件のような最悪の悲劇を招かないために・・・。
私は、このホテルの経営者や人事担当者、レストランマネジャーやP氏を責めるつもりはありません。現状を正確に知っているわけではありませんから。それは人事部長に託しました。辛い思いをしながら働いているホテル業界人、辛い思い出だけを持ってこの業界を去っていく人を減らすにはどうしたらいいか、何が問題で、どうすれば解決できるのかを、業界の皆様と考えたいと思いました。
論点整理
A君の報告事例のようなケースは、おそらく氷山の一角なのだと思います。そして、これは、Pさん個人だけが原因ではないのです。
Pさんを放置し、A君をかばいきれなかった会社やマネジャーにも問題があります。
接客技術が高くて経験豊富なPさんは、会社からの評価は高かったはずです。そのために、「指導力が足りない」というところに目がいかなかったとしたら、評価基準を改める必要があります。
OJTなどの、基本的な指導方法を知らないのであれば、そこから指導する必要があります。
何がモラハラになるのかをPさんが知らないのであれば、コンプライアンスのノウハウ不足の問題があります。
ブラック上司という人たちは、往々にして「自分はブラックじゃない」と思っていますから、「それはブラックな行動である」ことを知らなければなりません。
または、元来ホテル業界人はホスピタリティ豊かな人が多く、その「ホスピタリティを上司には発揮しても部下には発揮しないというのはなぜなのか」という疑問も残ります。
本シリーズブログでは、そんな論点で、問題を考えていきたいと思います。