【17.05.05】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.94)

世界で選ばれるための“おもてなし”ではない、星野リゾートの競争優位性とは

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「おもてなし」を売りにするわが国ですが、サービス業の代表格といえるホテルというビジネスにおいて、国際競争力を持つ企業は非常に少ないのが現状です。1980年代、日本のホテル企業も多数が海外進出を行なっていたことがありました。けれども、それらは海外出張や海外旅行をする日本人マーケットを主な顧客としたホテルばかりです。日本経済に元気がなくなり海外に行く日本人が減っていった今では、ほとんどの日系ホテルが海外から撤退しています。自動車産業を筆頭に日本の製造業各社は世界を席巻しているにもかかわらず、宿泊業の企業が増えないのはなぜなのでしょうか。ここ数年で、宿泊特化型ホテルのアジア展開には目を見張るものがあるものの、「おもてなし」を手厚くするラグジュアリークラスのホテルは振るいません。 「世界のホテルビジネスにおいて、“おもてなし”は強みになるのか」「日本のホテル企業が世界で選ばれるにはどうしたらいいのだろうか」ということが私のここ数年の問い掛けなのです(参照:ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.72)「“おもてなし”は、国際的な競争優位性になるのか」)


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 そんななか、星野リゾート(本社:長野県軽井沢町、代表:星野佳路)が、 2017年1月20日、バリ文化・芸術の中心地であるウブドエリアに6つめの「星のや」となる「星のやバリ」を開業されました。アマンやリッツ・カールトン、フォーシーズンズといった世界に名だたるラグジュアリーリゾートが軒を連ねるバリ島・ウブドエリアへの参戦です。星野リゾートは、ここでどんな戦い方をするのか。それを取材すれば、日本の宿泊企業の競争優位性が分かるかもしれない。そんな好奇心で3月に現地を取材しました。『HOTERES』(4月28日号)や『国際ホテル旅館』(4月20日号)にてレポートを掲載させていただきましたが、こちらのブログでもシェアしたいと思います。


ラグジュアリーリゾート激戦区、バリ島

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 バリ島のなかでも、山間部の観光地であるウブドは、グローバルラグジュアリーブランドのリゾートが軒を連ねる激戦区です。約20年前、ビーチ沿いではなく棚田が見渡せる山間エリアでも極上リゾートがつくれることを証明した「アマンダリ」が誕生して以来、次々に高級リゾートが開発されていきました。今回開業した「星のやバリ」はウブドの中心地の東側、これまでまったく開発されてこなかったロケーションに誕生しました。まずは、「星のやバリ」の概要から解説します。

 アマンダリが革新的だったのは、オン・ザ・ビーチというロケーションでなくとも十分にラグジュアリーリゾートが成り立つことを証明したことだけではありません。ヴィラ・タイプというスタイルをバリ島で確立させたのもアマンダリでした。ヴィラ・タイプとは、ビルディング・タイプのホテル棟からなるリゾートホテルとは一線を画し、一つひとつの客室がすべて一戸建てになっており、高い壁で覆われ、その敷地の中にリビングルームやベッドルーム、ガゼボやバスルーム、プライベートプールがあるタイプのリゾートです。アマンがバリに誕生して以来、多くのヴィラ・タイプのリゾートホテルがバリに誕生しました。その数や100以上あると思います。
 今回誕生した「星のやバリ」もヴィラ・タイプです。しかし、これまで作られたものとは少し趣が違っています。セミ・プライベート空間を作った点です。30あるヴィラが最長70mにもおよぶ運河を模した3つのプールを囲む形で建てられ、ゲストは自分のヴィラから直接プールに入ることができます。典型的なヴィラ・タイプのリゾートは、高い塀で敷地を覆い、プライベート空間が配置されている造りになっているのですが、「星のやバリ」は、あえて完全なプライベート空間をつくりませんでした。対岸のヴィラにいるほかのゲストの気配をなんとなく感じることで心地良さを感じる演出を施したそうです。東洋的な配慮といえます。
 ヴィラは3タイプ(ヴィラ・ブラン14室、ヴィラ・ソカ11室、ヴィラ・ジャラク5室)。すべては寝室、バスルーム、ガゼボ、リビングがあり、占有面積はどれも約200uあり、ゆったりと開放的な造りになっています。また、すべてのヴィラのベッドヘッドには壁一面に見事な手掘りのウッドカービング(彫刻アート)が飾られています。


施設内に溢れる多彩な魅力

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 約3haある「星のやバリ」の敷地は、フラットな部分と深い渓谷のエッジ部分の二つに分かれています。前述のヴィラや運河プール、レセプションなどはフラットなエリアにレイアウトされており、渓谷に面した急傾斜部分にはカフェ・ガゼボやスパが配置されています。それらをウッドウォークがつなげています。渓谷に向かう断崖には鳥かごのような7つのカフェ・ガゼボが、まるで浮かんでいるかのように設置されていました。
 また、リゾート全体に潤いを与えているのが、「スバック」と呼ばれるバリの伝統的な水利システム(用水路)。このスバックには、つねに豊富な水が勢いよく流れています。
 スパは、ガゼボが点在するパブリックゾーンからさらに下の渓谷の中腹に建てられています。たった10数メートルの高低さですが、あえてリフトを設置しており、ゲストは空間移動することで気分を高揚させています。
 そのほか、ライブラリーやショップ、ダイニングやヨガガゼボ、そしてバリならではのバリヒンズー寺院などが点在し、このリゾートの飽きさせない魅力を演出していました。


懐石料理スタイルのコンテンポラリーバリ料理

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 料理は、「コンテンポラリーバリニーズ」。一言でいうと、バリ料理と日本料理の技法や食材をフュージョンさせたスタイリッシュな料理。料理長の三山口誠料理長は、「星のやバリ」の料理の特徴を次のように語ってくれました。
「バリの料理は基本的にコース仕立てではないのですが、今回こちらでは、日本の技を活かした演出で、新しいスタイルのバリ料理を提供することを試みました。スモールポーションの料理を10品提供するのですが、器にも凝って、目でも楽しめる料理を提供しています。また、だしを使ったり、刺身を提供したりという日本料理のエッセンスも加えています」
 絶品でした。バリのホテルでいただく料理はどんなに高級ホテルであっても正直味は期待できないのですが、三山口誠料理長プロデュースのコース料理はびっくりするくらい美味しく、間違いなく「星のやバリ」の大きな魅力になると確信しました。


“おもてなし”は強みか否か

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伊藤靖兼総支配人(左)とオペレーションマネジャーの小林麻里さん(右)


 スタッフ総数75人のところ、日本人スタッフはたった3人です。伊藤総支配人と三山口誠料理長、そしてオペレーションマネジャーの小林麻里さん。伊藤総支配人が長期的な戦略策定をしたり、集客・獲得施策を行なったりするのに対し、小林さんの仕事は日々の運営の構築やスタッフトレーニング、スタッフのケアなど、運営全般、サービスチーム育成業務全般を担当しています。よりよい運営をし、スタッフを巻き込んで魅力づくりをして満足度を上げていく。内側を守る役割です。
 海外において、星野リゾート独自のマルチタスクによるサービスチームづくりの難しさはどんなところにあるのでしょうか。小林さんに聞いてみました。
「日本におけるホテル開業でしたら、主要ポジションに星野リゾートの手法や哲学を理解しているスタッフがいるので、組織全体への浸透は早いのですが、ここにおいては一人ひとりのスタッフに対して一から十まで私一人で伝えていなかければいけないところが難しいところです。また、コミュニケーションも英語ですので、より時間がかかります」


言わなくても察して気付く

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 もう一つ、かねてから関心のある疑問を最後に聞いてみました。「日本の“おもてなし”の精神は、ホテルビジネスにおいて国際競争優位性になるのだろうか」という例の疑問です。星野代表は、「おもてなしは、強みにはならない」と明言していますが、現場においてはどのように感じているのでしょうか。
「言わなくても察して気付くという感性は日本人の特性だと感じています。お客さまは何を求めているのかを考えて当てていく力でしょうか。ただ、その察する力を海外の方に伝え、トレーニングによって彼らができるようになるスピードを早められるかどうかは、正直模索中です。いまは、背中で伝えるという方法で伝えています。脱いだ靴は揃える、電話を切る際は指で押さえてから受話器を置くなど、私たち日本人スタッフが率先垂範することで、彼らは学んでいくようです。また、私はアメリカで留学をしていたことがあるのですが、アメリカ人が接客をする際は、チップがもらえるから手厚いサービスをするということを感じます。ところが、日本人はチップのあるなし関係なく、人に何かをして差し上げたい、喜んでいただきたいという気持ちがあるように感じます。そして、それはバリ人にも感じています。ですので、彼らたちの気持ちをどれだけ一緒に形にしてあげるかだと思っています」


労働生産性とローカル文化の魅力の発信

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 星野リゾートが選ばれる理由を、伊藤靖兼総支配人に質問しました。
「このプロパティのオーナーからは、星野リゾートを運営パートナーに選んだ理由は、サービスチームや旅館メソッドなど、競合のグローバルホテル企業がやっていないことだと聞いています。また、30室という、『大規模ではない』というところは我々星野リゾートの強みであり、今回の規模感とも合致しています。部屋数が少なくて効率性を担保していくという点は、我々のサービスチームの手法がフィットします。競合他社に比べて圧倒的に少人数で運営できるという点も大いに評価されたと感じています。サービスチームによるマルチタスクは、縦割り組織である西洋発のホテル企業や大型ホテル組織との圧倒的な差異だと思います。
 また、もう一つ競合との差異を考えると、『文化の訴求のプロセス、進化の方法』が挙げられます。既存のリゾートホテルも、バリ文化の提案は積極的にやっていますので、それだけでは差異化になりません。そのプロセスが星野リゾート独自の手法です。どういうことかと申しますと、経営サイドが考えて現場に落とすのではなく、現地のスタッフたちが自分たちで『ローカル文化の魅力や経験価値』の提案方法を考案して自分たちで運営するというスタイルです。それが強みだと思っています。地元スタッフは、自分たちの文化や伝統のことになると、積極的に意見を出したり行動したりします。『ガムランの演奏』や『チャナンづくり』のアクティブティなどはその好例です」

 グローバルホテルブランドとしては後発の「星のや」だが、「高い労働生産性を編み出すサービスチーム」と「地元スタッフが次々に考案する魅力発信という旅館メソッド」という独自の強みは、どれだけ世界で認められるのか。今後に大いに期待したいですね。


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【施設概要】
施設名:星のやバリ
所在地:Br. Pengembungan, Desa Pejeng Kangin, Kecamatan Tampaksiring, Gianyar 80552 Bali, Indonesia
URL http://hoshinoya.com/
客室:全30室(ヴィラタイプ) 敷地面積:約3ha
パブリック施設:プール・メインダイニング・カフェ・テラス・スパ
チェックイン 15:00 チェックアウト 12:00
料金:1泊1室 Rp 9,000,000 (税金・サービス料込)
交通:デンパサール空港(バリ国際空港)より車で70分
総支配人:伊藤 靖兼

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