【14.08.25】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.87)

アゴーラ・ホスピタリティーズと星野リゾートのマーケティング考

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 アゴーラ・ホスピタリティーズが運営する「古湯温泉おんくり」のスーベニアショップ

 宿屋大学の看板講座である「プロフェッショナルホテルマネジャー養成講座」ですが、大いに盛り上がりつつ先々週(8月16日)、全15回中の6講座目を終えました。
 第6講座は、(株)アゴーラ・ホスピタリティーズの浅生亜也代表取締役社長による「ホテルの経営戦略&マーケティング基礎」。非常に大きなテーマながら、実に考えつくされた構成で、実に学びの多い5時間のセッションでした。

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   宿屋大学の第三回「プロフェッショナルホテルマネジャー養成講座」クラス風景

 後半のマーケティングの部分では、「ペルソナ・マーケティング」を学びました。ペルソナ・マーケティングとは、「来てほしいお客様像」を詳細に描き、そのペルソナが喜ぶ商品作りを徹底的にしていくという手法です。年齢や職業、名前、趣味、ライフスタイル、行動特性といった部分まで(例えばそのペルソナを主人公にして小説が書けるくらい)を描いて、「彼だったら、彼女だったらきっとこんなことに興味関心があって、喜ぶに違いない」という思考方法で商品(ハードやソフト)をデザインしていくのです。
 結果、斬新でとんがったホテルや旅館になっていく。そして、そのペルソナと趣味嗜好ライフスタイルが似ている客層が集まり、そうしたライフスタイルに憧れる層も集まって来るということです。
 提供する価値は、「自分たちがいいと思っているもの」であり、同時に「潜在ニーズ」であったりします。潜在ニーズに応えると、それはお客さまの期待を超えることになり、感激や感動になります。これをアゴーラでは「正の期待不一致」と呼んでいるそうです。その根底には「期待どおりを提供するだけでは満足はしてもらえても、大変満足や感動感激は得られない」という考え方があるのです。
 このマーケティング手法は、成熟社会のなかで、あまたあるホテル・旅館のなかから選ばれるマーケティング手法としては非常に有効的であるし、そんな個性的かつ魅力的な宿が日本中に溢れる未来というのは実にワクワクします。
 創業してからたった7年で10軒のプロパティを運営するまでになったアゴーラが、世間から注目を集め、評価されている理由はまさにこの手法にあるのです。
 

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      星野リゾート青森屋で毎晩開催される津軽三味線ショー

 この講義があった翌々日、私は家族旅行で青森に行きました。宿泊は、「星野リゾート青森屋」。ここ数年、近藤家の家族旅行は、星野リゾートが運営する温泉旅館やリゾートに行っています。なぜなら、期待を裏切らず、期待通りに楽しいからです。「年に一回の家族旅行を失敗したくない」という世のお父さんのニーズに的確に応えてくれるからです。
 青森屋は、青森県の東部、三沢市の森の中にある大きな温泉旅館です。「ねぷた」や「津軽三味線」、「せんべい汁」などなど、青森の伝統文化を前面に押し出して、それを体験させてくれます(その文化体験という価値が魅力なのですが、個人的にはそれ以上に、スタッフの皆さんの一生懸命さに心を打たれました。スタッフ全員で家族の想い出を良いモノにしてもらおうと頑張ってくれているのです。それが「そうしなければ」という義務感ではなくて「そうしたい、して差し上げたい」という内発的動機によるものであることが受け手としては感動します)。
 星野リゾートの施設では、こちらが楽しみにしている料理や温泉、文化体験などで期待を裏切らず、満足を得られるのです。いうなれば、「期待以上に、全力で期待に応えてくれる」のが星野リゾートです(潜在ニーズに応えるのではなく、顕在ニーズに全力で価値提供することで期待以上に期待に応えるということです)。
 なぜそれができるかというと、星野リゾートは、徹底的に来たお客さまの声に耳を傾けているからです。顧客アンケートをしっかり取り、マーケティングデータのためやオペレーションの改善に役立てています。なぜそこまでお客さまの声にこだわるかというと、お客さまの「満足した」で満足せず、「大変満足した」を提供しない限り、リピートや口コミに繋がらない、ひいてはビジネス的に意味がないことをきちんと理解しているからだと思います。
 ただし、アンケート調査という過去のデータ至上主義だと、顕在ニーズに徹底的に応えることは可能でも、潜在ニーズを掘り起こして期待を超える価値提供(正の期待不一致)をすることは難しいです。星野リゾートのマーケティングの意図は「ヒットを連打して点を稼ぐことであり、三振や凡打は絶対に避ける」、つまり「失敗しない」マーケティング手法といえるかもしれません。
 現に、星野リゾートのリピーターである近藤家も、「次はどこの星野リゾートに行こうか」と考えるのですが、「何度も、青森屋に通いたい」という感覚にはなりません。もちろん、大満足なのですが、「また新しい体験や新鮮な感覚を味わいたい」と考えるとほかの星野リゾートの温泉旅館やリゾートに行きたくなるのです。星野リゾートは、星野リゾートというブランドのホテル・旅館のなかでリピートしてくれればいいと割り切っているのだと察します。だから、数年前から「界」や「リゾナーレ」といったブランド名を施設につけているのでしょう。

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 魚釣りに例えるならば、星野リゾートは、魚がたくさんいるところに釣糸を垂れ間違いなく釣りまくる、アゴーラは超美味しい撒き餌を巻いて魚から来させる。集まってきた魚は「こんなにうまい餌は初めてだ!(正の期待不一致)」と大感激する。魚がいない漁場に魚を集めなければならないからこそ美味しい撒き餌という「とんがり」が必要であり、だからこそ、徹底的に熟考してペルソナをつくりこんでいるのです。
 現に、私はアゴーラの「野尻湖ホテルエルボスコ」の大ファンで、何度も訪れています。「また、あの湖を見下ろす森のなかの小さなホテルの空間で読書に耽りたい」とときどき夢想しています。

 つねに期待を超える努力をして価値提供し、潜在ニーズに応えて感動感激を伝えるアゴーラ、失敗しないマーケティングで的確に期待に応える星野リゾート、どちらも実に巧みに独自のマーケティング手法を貫いて、非常にいいビジネスを展開しています。


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