【14.07.01】第六回「日本のおもてなしは競争優位になるか 〜シンガポール×ホスピタリティビジネス〜」 by 臼杵さおり(シンガポール在住)

シンガポールのサービス事情



 今回は生活者目線で見たシンガポールのサービスについて、4つに分類してご紹介します。


カテゴリー A 「政府主導のサービス(開発/空港/港湾/貿易/教育)」


        
 シンガポールは東京23区とほぼ同じ面積しかなく、資源も乏しかったので、外国と交易し、経済を発展させることが独立以降、急務でした。そのおかげで急激な経済発展を遂げましたが、今でも貿易や産業促進に関する政府主導のサービスは実に迅速です。
 世界一満足度が高いとされる空港を持ち、住民はパスポートを改札機にタッチさせるだけで入国できます。出国時に観光客が買い物の還付金を申請する際も、パスポートとレシートを機械に読み込ませるだけの簡単手続きです。空港でこれらの窓口に行列ができることはありません。また港湾関連の申請書や通関処理も全てネット上で行われ、港の24時間稼働を可能にしています。
 労働ビザに関しての法令も状況に応じて頻繁に変更されるため、外国人は注意が必要ですが、諸々の手続きが煩雑な日本と比べれば、行政と個人、行政とビジネスの間のサービスはとてもスピーディで手間がかかりません。
 また、教育においても政府が管理しており、例えば、保育園や幼稚園は、教育省のサイトで場所や空き状況を一括検索できるのでとても便利です。また伝染病が流行すれば全土の施設を休校にするなど、迅速な対応がなされます。
 これらの政府系のサービスの特徴を一言で表すなら「経済最優先」。ポリシーが明確なので、あらゆる政策が首尾一貫し、民間側は対応策が考えやすいのです。


カテゴリー B 「個人事業主系のサービス」



 生活する上で大切な毎日の食事。共働きの家庭が多く、3食外食という家庭も少なくありません。そこで毎日の食事の場となるのが、ホーカーです(中華系、マレー系、インド系、ハラルなどの各種料理や飲み物、デザートなどの専門店が並ぶフードコート。住宅街、ショッピング街、ビジネス街、どこにでもある)。
 ホーカーのサービスの特徴は、「簡素でスピーディ、カスタマイズ可能」です。まずメニューが3〜4つにしぼられており、注文も調理も容易です。その場でトッピングやゆで加減、麺の種類などが選べます。メニューは少ないですが、調理方法はカスタマイズできるのが興味深いところです。
 メニューを見ていると、多少荒っぽく、「早く決めて!」と怒鳴られたり、ごはん系のテイクアウトは紙包み、ドリンクは透明のビニール巾着(縁日などで金魚を入れるときに使うあれです)だったりしますが、慣れれば気にならず、築地の魚市場のような活気とスピード感が小気味よく感じられます。
 また、点心や麺、バクテーなどの庶民派中華料理店の多くはテーブルにある注文表に数を記入するシステムなので、オーダーミスが少なく、英語が第二言語のシンガポール人や観光客にとっても、注文しやすいのも特徴です。丁寧さやヘルシーさとは無縁ですが、安い、早い、うまい!は、折り紙付きです。
 またインド人が接客する雑貨店や両替屋では、目に見えない早さで電卓をたたき、「ホラ、こんなに安いよ!」とアピールしてきます。
 いずれにしても、個人事業主系のサービスは「儲けのためなら、がんばるよ!」という気持ちがまっすぐ出ており、すがすがしさを感じます。
 病院もこのカテゴリーに入れることができます。こちらでは、ほとんどの医師が病院に所属せず、自分の名前のクリニックを開設し、商業ビルや大病院内に各々テナントで入っています。市民は病院を選ぶというより、医師を選ぶ感覚を持っています。
 そこでクリニック間で競争が発生し、最新の検査機器を導入したり、看護や受付スタッフを教育したり、満足度調査行ったりと様々な工夫がされています。その結果、医療においては日本と同等以上のサービスが受けられます。また多民族国家ですので、生老病死の価値観は様々であることが前提にあり、日本よりも患者の意志が尊重されるように思います。


カテゴリー C 「雇われスタッフのサービス」



 生活する上で一番困るのが、このカテゴリーC。具体的には、スーパーのレジ、銀行や郵便局、鉄道の窓口、カスタマーセンター、一般従業員、一般社員と呼ばれる人たちのサービスです。
 基本的に窓口や接客業務は人気のない業種です。機会があればもっと高給の仕事に転職したいと思っている人が多いのではないでしょうか。窓口やレジではどんなに人が並んでも、気にせずにダラダラと作業する人をよく見かけます。また食べながら、飲みながら、スマホしながらの接客にもよく出会います。
 シンガポールでは幼稚園時代から競争社会にさらされ、「たくさん稼げるよい職業人になって国に貢献しなさい」という教育を受けており、給与の上がり幅が少ない接客業務や専門度の低い一般業務についている人は「ほんとはこんなの、私の仕事じゃないのに」という複雑な気持ちがあるのかもしれません。
 一般従業員も、ジョブディスクリプション(会社と個人の労働契約の中で、その従業員の業務内容について具体的に記した書類)に沿った仕事はこなしますが、「これをやらなかったら、チームに迷惑がかかる」や「取引先が困るだろうから、このデータも用意しておこう」といった発想はありません。
 日本では、このカテゴリーCの業務にあたる人々の業務レベルがとても高いのでここにギャップを感じる人が多いようです。「お客さんが入って来たら挨拶をしたり、顧客やチームのことを考えて仕事をするのは当然じゃないの?」と考える日本人は、みなびっくりします。
 ただ、日本ではこのカテゴリーCの業務レベルの高さは、スタッフの犠牲の上で成り立っている部分も多々あり、長時間労働やサービス残業が懸念されています。シンガポールのように、あいまいな仕事をなくし、定時に退社する、忙しくても従業員の休憩時間を確保する、緊急でない荷物の輸送は従業員のためにも行わない等、見習うべきポイントもあります。シンガポールのカテゴリーCはまだまだ改善の余地がありますが、実は相互に学ぶところが多いのではと感じています。


カテゴリーD 「独立系のサービス」



 洋服や雑貨のセレクトショップ、カフェやスイーツのお店、アーティスト、スポーツインストラクター、タクシーの運転手など、「仕事はライフスタイルの一部。せっかくなら楽しんで仕事した方がいい」と思っている人たちによるサービスはどうでしょうか。
 これらの人たちは仕事中も、服装や話し方に公私の区別がありません。時に丁寧さやプロフェッショナル性に欠ける場合もありますが、フレンドリーでカジュアルな接客に好感を持つ人も多いことでしょう。またアート、ナチュラル、エコ、健康といった世界的な潮流を意識したコンセプトのお店も増えており、今後もこのような個人を起点にしたサービスは増えていくのだろうと思います。


日本も戦略的な取り組みを


 シンガポールは、長年サービスの向上に頭を悩ませ、これさえできれば、とても魅力的な国になるのに、という思いを抱き続けてきました。現在、政府主導でサービスの生産性改善、顧客満足向上への取り組みが強化され(特にカテゴリーC)、少しずつ、その成果が出始めています。
 また今後予想される労働力不足に備え、世界的企業の人材教育機関を誘致したり、アートやデザイン、文化にも投資を行い、サービス産業の総合的な発展に力を入れ始めています。
 日本は、サービス向きの国民性であり、文化的にも圧倒的なアドバンテージがあるにも関わらず、その資源を十分に生かしきれているとは言いがたい現状です。サービス工学やITを導入し、不必要なサービス慣習を見直し、他国に真似できない本質的な部分に投資すること。そして、サービス分野において、日本が人材の教育拠点、研究拠点となっていくことを切に切に願っています。


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