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【14.01.20】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.79)
選ばれるために「Value」ではなく「Worth」を築く
ここのところ、「日本のホテル企業の競争優位性ってなんだろうか」ということを考えています。例えば、アジアの新興国の不動産デベロッパーや投資家がホテルを建設するにあたり、「さて、運営をどのホテル企業に委託しようか」というときに選ばれるためにはどんな優位性が日本発のホテル運営企業にあるのかという疑問です。
先日(1月17日)に開催した宿屋塾「旅館入門講座」は、そうした疑問を考える目的もあって開講いたしました。日本古来の宿文化、宿泊業のルーツを探り、形や心を知ることで、日本の宿泊ビジネスの国際競争優位性を知れるかもしれないと考えたのでした。
講師としてご講演いただいたのは松坂健氏です。私の古巣であるオータパブリケイションズの『HOTERES』誌と双璧をなす業界誌である『月刊 ホテル旅館』の編集長を10年間された有名なジャーナリストであり、現在は西武文理大学で教授をされている尊敬すべき私の大先輩です。
講義は、二時間たっぷり「ホテルと旅館の違い」を解説されました。対比できる部分が非常に多いことに驚かされました。下記に列挙します。
ホテルは多様な人が集まる「DRY」な「人間模様」であり、旅館は行くまでの動機が濃い「WET」な「人間の縮図」。ホテルは非日常の「ドレスアップ」の「緊張感」、旅館は脱いで浴衣に着替える「ドレスダウン」の「リラックス感」。ホテルの発祥は十字軍の遠征における「修道院(ホステル)」であり、旅館は平安朝期の旅人の救護を目的とした密教寺院が運営する「布施屋」。ここは、どちらも「困った人を助ける」「放っておけない」という気持ち(=ホスピタリティ)が原点。ホテルのサービスは、「May I help you?」(なにかご要望はありますか?)であり、旅館は「Let me help you」(私にお世話させてください)。ホテルはお客さんから申し出ないと基本的にはなにもしないけれど、旅館は配慮を効かせて世話を焼く(リッツ・カールトンやアマンリゾートは、旅館のマインドをシステム化した)。ホテルはファザーシップ(父親的、上下関係)であり、旅館はマザーシップ(母親的、Side by Side」の接客。ホテルは「ゾーンディフェンス」(部署ごとに違う人が接客する)でゲストはサービスをリレーされ、旅館は一人の仲居さんがチェックインからアウトまでを担当する。ホテルの価値提供は「機能」に重点が置かれ、旅館は「情緒」に重点が置かれる。
そして、旅館の魅力は、「浴衣(みんな平等、リラックス)」「温泉(自然との一体化、静けさ)」「おかみさん(マザーシップの最たるもの)」の三点セットだといいます。
ルーツや本質的なことを掘り下げると、ホテルと旅館はここまで違うのですね。旅館のこういった部分は他国にはない日本独自の文化や特性であることも多いと思いますので、差異化を創れる要素です。
「こうした部分を競争優位性にするビジネスモデルを創ったらいいのではないか」。そう思うのは早計だと松坂先生はおっしゃいます。そもそも、「ビジネスモデル」という物言いが違うのだと言います。それはなぜか。
旅館の存在、価値というのは、「Value」ではなく「Worth」だからです。「Value」と「Worth」の違いは下記の表のとおりですが、「Worth」とは唯一無二なものであり、「成功した他旅館でのビジネスモデル」がそのまま通用することはないと言います。比較の上で生まれる相対的価値である「Value」ではなく、比較できない絶対的な価値である「Worth」という価値を持つ旅館は、そもそも競争に巻き込まれない。よって競争優位性なんかも考えなくてもいいのです。選んでくれる顧客を大事にし、顧客を裏切らなければそれでいいのです。「競争しているうちはイノベーションなど起こりえない。誰も気づいていないかけがえのない価値を創るのが究極の事業家の役目だと思う」と先生は言います。
松坂先生も私も尊敬するある旅館の主人は、露天風呂を創ることを後継者と最後の最後まで論争したといいますが、その主人は「新しく露天風呂ができた、という話題性だけでやってくるようなお客さんは、うちにとって生涯にわたる顧客にならない」と判断したのです。「選ばれる」には「選ぶ」ことです。そのために「誰かに嫌われること」を恐れてはいけない。その覚悟が経営者には必要なのだと私は思います。
「Worth」を築き上げること。
ここに、これからの日本のホテルのあるべき姿の一つの形がありそうです。
そのヒントとして、先生は二つ教えてくれました。一つは、「湯布院の中谷健太郎さん(亀の井別荘の主人)のような人の存在」。「泊まりに来たいではなく、この人に会いに来たい」と言う人の存在。それこそ「Worth」そのものです。
もう一つが「糠床(ぬかどこ)」の存在。代々受け継がれてきた自前の糠床を大事にして、その糠床で漬けた沢庵を出す。糠床は比喩としてここで紹介しましたが、これも大きな「Worth」です。