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【13.10.01】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.71)
驚異的な接客は、驚異的な努力から。
ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパのエグゼクティブシェフソムリエの山本諭氏は、ソムリエ界では知らない人がいないというくらいの有名人です。一昨日、『2015年ホテル業界就職ガイド』の取材で山本さんをインタビューしました。久しぶりにプロ中のプロのサービスマンに出会ったので、紹介したいと思います。
山本さんは、微笑みながらゲストに近づき、話しかけ、いつの間にかゲストの懐に入ってしまいます。そして、会話の主導権をすぐに握ってしまう。格闘技で喩えるならば、間合いを詰めるのが実に巧み。すっと入って、いろんな技を出していく。会話の幅が広く、ゲストからのどんな質問や投げかけにも巧みに返していく。気が付くとゲストは心から山本さんに感心し、興味を示し、尊敬の念を抱き、信頼を寄せてしまう。ワインの説明をしにテーブルに行っているのに、ワインリストをお出ししない。一通りの会話をし終えるころ、ゲストのほうから「ところで、ワインリスト、ないの?」と尋ねられて初めてワインを説明する。この人のお勧めだったら、何でも「それ、持ってきて」と無条件に答えてしまう。そうやって先日も、7名のゲストの1回の食事の金額がコンパクトカーが軽く一台買えるほどになってしまったそうです。でも、ゲストは喜んでその金額を支払っていく。ゲストが山本さんに魅了され、支払金額以上の価値を彼の接客に感じているからこその出来事でしょう。
「売るのはワインではありません。信頼を売るんです」。
山本さんはそう語る。
山本さんに驚かされることがもう一つあります。ホテル滞在中、いろんなところで出会うのです。到着時も、夕食時も、朝食時も、私が館内を歩いていると必ずといっていいほど山本さんに出会います。偶然なのか、偶然を装っているだけなのか、あまりにタイミングが良い。私の行動がすべて監視されているのではないかと懐疑的になるくらい。そんなことに驚くのは私だけではなく、やはり多くのゲストが不思議に思っているらしく、滞在中いつも見かける山本さんに、「山本さんの勤務時間は、いったい、いつからいつまでなんですか」と尋ねる。すると、「お客さまが起きていらっしゃる時間が、私の勤務時間です」と山本さんは笑って返答する。実は、VIPのゲストに対しては、情報をホテル中で共有し、山本さんは常にそれを自身の頭脳にインプットしておく。その情報をもとにゲストの行動の先回りをするのです。
山本さんがインプットするのは、ゲストの情報に限りません。赴任当初は、暇さえあれば北海道の地図を眺めて地名を覚え、食材やワインの産地や生産者を暗記していたそうです。赴任三日目には、ホテルから見える山や地名をすべてゲストに(さも長年勤めているかのように)案内できたといいます。
さらにすごいのが観察眼。山本さんの師匠は田崎真也さんです。25歳のころに田崎さんに憧れてホテル西洋銀座に就職してからずっと田崎さんの背中を見てきたといいます。
ある立食パーティのサービス中、田崎さんに呼ばれた。「お前、うろちょろするな、ちょろちょろするんじゃない」と叱られた。ゲストのグラスが空になる前にワインを注ごうと、必死にゲストの間を、ワインボトルを持って動き回っていました。その接客を咎められた。それはホテル西洋銀座のサービススタイルにそぐわないということでした。
「お客さまの頭の傾きで判断しろ。お前はグラスを覗き込むからうろちょろすることになる」
それ以来、ゲストの背中を見ればグラスの中のワインの残量が分かるようになったといいます。
一日中館内を歩き回る山本さんに、「万歩計をつけたらすごいことになるでしょうね。腰を悪くしませんか」と聞くと、「そのために、ジョギングとストレッチは欠かしません」といって、股割りをして見せてくれました。
山本さんは、マジシャンでも、魔法使いでもなんでもないのです。ただ、驚異的に努力を続けているのだけなのです。だから、驚異的なサービスができるのです。
こんなプロフェッショナルサービスマン、自分の仕事に誇りとプライドを持っているサービスマンが、日本のホテル業界に少なくなったと感じるのは私だけでしょうか。こんなプロのいるザ・ウィンザーホテル洞爺は素晴らしいホテルだと思うし、山本さんの接客や仕事を間近で見れるスタッフは幸せだと思います。
インタビューの最後に、「いいソムリエとは、どんなソムリエですか」という質問をしてみましたが、その答えがサービス業の本質をついているものでした。
「ワイン好きじゃだめですね。人好きにならないと」
ゲストに興味関心を抱き、欲することを察知して提供することが、ホスピタリティの技術なのですから・・・。