【12.07.24】ホテルマネジメント雑学ノート(Vol.41)

マニュアルを超えた一見非合理的なことこそ、競争優位性になる


 私ごとで恐縮ですが、ここ数日間、ずっと執筆に没頭しています。夢中になって朝から晩までずっと原稿書きを続けています。
 あるホテル企業のホテルマネジメントを、ここ半年間密着取材し、それをノンフィクションのドキュメンタリーとして書籍という形で紹介します。
 このホテル、何がそんなに面白いかと言うと、ビジネスホテルにもかかわらず、追っかけのようなファンとタニマチ(俺が育ててやってんだという意識で応援している人)が大勢いるんです。彼らは宿泊するためにそのホテルに行くのではなく、大好きなスタッフに会いに行くそうです(大げさではなく)。もはや、宿泊は後付けの理由になっています。
 知れば知るほど、笑っちゃうくらい面白いホテルです。

 ただし、スタッフの仕事の仕方も普通ではありません。
 お客さんが望めば2時間でもお話にお付き合いするし、フロントバックでの夜中は、スタッフがフロント業務や電話応対をしながら、お客さんの洗濯代行をし、朝食を作り、客室に「おつまみセット」をデリバリーする。連泊のお客さまの客室に体温計があったら夕方お戻りの際に氷枕などを用意しておく。焼酎の瓶があったらグラスを増やしておく。仕事を客室ですると分かるとスタンドライトを入れておく(これ、私、していただきました)。
 私はこのホテルに宿泊をしながら原稿を書き、夜中にときどき下りていっては仕事の様子を見ていましたが、それはもう目の回るほどの忙しさでした。
 少し気の毒に感じて「仕事、大変ですねえ」と声を掛けると、スタッフは笑顔になってこう言いました。
「はい、本当に。もう、変ですよねえ、なんでこんなことやってんだろう僕たち、って思いますよ」
 でも、「大変だ」と言いつつ、その表情は実に楽しそうなんです。
 大変な仕事を楽しんでいる。“熱”がある。
 これも、成功している企業の共通点です。

 誤解してほしくないのですが、この活気あふれる組織ができているのは偶然や幸運だけではないということです。そこには考え尽くされた経営哲学やホテルマネジメントのノウハウとスキルという裏付けがあります。思考ツールや問題解決のフレームワークを全社で使いこなしている人材育成の努力があります。
 このブログでもなんども紹介していますが、ここ数年、「宿泊主体型ホテルの競争戦略」を研究し、『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建著、東洋経済新報社)を熟読し、石丸氏の「ホスピタリティ・ロジック」などを知って「顧客満足を利益に換える手法」などをお伝えしていますが、私が研究するまでもなく、このホテル企業はこれらを実践して成果に繋げているのです。
 私はこれまで、たくさんのホテル企業を取材していますし、宿屋大学で、内外で活躍する優れたホテリエのマネジメントの話を聞いていますが、このホテル企業は、その私から見ても相当に高度なマネジメント手法であり、グローバルスタンダードの上を行くものであると感じます。このホテルはこの不況にありながら全ホテルで増収増益を果たしています。

 宿泊主体型ホテルのビジネスのセオリーの一つは、徹底的な効率化を目指すことですが、このホテル企業は、その逆をやっています。積極的にお客さんに関わっていくというスタンスです。お客さんのニーズを引き出す努力を全員でやっています。近視眼的に見たら、まったく儲けになっていないこともたくさんやっています。
 しかし、この“一見非合理的なこと”が、実は長期利益につながっているのです。
その結果、ごく普通のローカルビジネスホテルが、たった数年間で、顧客満足と社員満足、業績をバランスよく向上させる優良企業に変身したのです。
 なんで、そんなことができるのか?
 それは、スタッフが、心からお客さまを大事にしようと思っているからです。スタッフは、なぜお客さまを大事にするかというと、マネジャーたちがスタッフを大事にするからです。マネジャーたちは、なぜスタッフを大事にするかというと、経営者がマネジャーを大事にするからです。経営者は、なぜマネジャーを大事にするかというと、大事に、愛情に満ち溢れた家庭で育ったからです。
 愛情の連鎖、「愛情」や「思いやり」が、巡っている。
 これが、この企業の成功の理由です。

 スペックの勝負だと、価格競争に陥って、結局は資本の論理で大手が有利になってしまいます。これからは、ハードという物理的な箱の勝負ではなく、その箱に精神的な意味あいを持たせることができるかが勝負になってくるのだと思います。それは、空気であったり、コミュニティであったり、つながりであったり、楽しさであったり……。
それを作るためのキーワードはやっぱりホスピタリティ、仕組みはCRM、目指すは生涯顧客をたくさん作ること。これらをハンドリングするのは、やっぱり、マネジメントだと思うのです。

追伸 本書は、8月下旬以降、発売予定です。

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