30年間でいまが最大のピンチ
新年あけましておめでとうございます。
毎年のことながら、年末年始は時間をたっぷり使って、つらつらいろんなことを考えるのですが、それらを整理しながら、本ブログを書き、新年のご挨拶と年頭所感としたいと思います(よって、長々と冗長的な文章になってしまいます、すいません)。
私は宿泊業界を30年間見つめてきていますが、現在の業界を見渡すと、今が最大級のピンチだと感じています。コロナ禍で宿泊産業における雇用者が20%以上減っているにもかかわらず今後ホテルは365軒(うち43軒がADR3万円以上のラグジュアリーホテル)も増えること、需要が不安定で繁閑が激しいこの業界への就職人気が激減し、入ってくる人材も当面見込めないこと、ホテル・旅館の現場は人材不足で疲弊しているにもかかわらず、昨年秋から急速に宿泊需要が回復し、現場の疲弊がさらに増していることなどを目の当たりにしているからです。運営するヒトが減っているのに、ホテルというハコばかりが増殖し続けています。日本のホテルオペレーションの質は益々下がるばかりです。
2020~21年、コロナ禍で宿泊需要が大きく縮小したことで、「ホテルは宿泊以外の提供価値を創造し、存在意義を再定義すべき」ということを考え、私は業界の皆様に提案してきましたが、2023年の今年は、個々の宿の在り方だけではなく、宿泊産業全体の構造を変革したり、ビジネスモデルを根本から変えていく必要を強く感じています。本ブログではそれを伝えていけたらと思います。
宿泊産業全体の構造を変革する必要がある。そう考える理由は、この業界の現状があまりにも「おかしい」からです。「健全」の真反対にあると思っています。産業が健全であるためには、価値創造が正常に行なわれ、利用者が満足し、豊かな社会づくりに貢献できており、企業が利益を確保でき、働くスタッフも幸せであることが条件だと思います。ところが、現状は、ホテルの利用者は、オペレーションが回っていないのに急に宿泊料金が上がって不満を募らせているし、働くスタッフは多忙を極めているにもかかわらず、相変わらず低所得のまま。経営者は、コロナ禍の3年弱で負債を増やしています。こんな状況のまま何も変えないで、乱高下する需要に翻弄されつつ、その場しのぎの対応を行なっていても健全な業界にはならないと思うのです。
理想と現状のギャップ分析
年末年始に私がつらつら考えていることとは、下記の3つの問いです。
- 「10年後のより豊かな社会のために、宿泊産業はどうなっているべきか」
- 「そのために宿泊事業経営者や業界人はどう在るべきか」
- 「そのために宿屋大学は、何をすべきか」
このような問いです。
まずは、問題解決のセオリー通り、ゴールとして目指す姿(理想形)をイメージし、現状を整理して、その間にあるギャップをどう解決していくかを考えてみたいと思います。一人脳内ディスカッションの思考ゆえ私個人の志向に偏重したり、抜け漏れのある思考かもしれませんが、とりあえず10年後の理想形を「多彩なコンセプトの多様な宿がそれぞれ輝いて存在し、経営者も運営者もサービススタッフも楽しく豊かであり、利用者にとってもホテルや旅館がより生活に近いところで存在し、利用者のライフスタイルの向上に貢献している」と設定してみました。
<豊か>であるための条件のひとつは、私は「選択肢が多い」ことだと思っています。ダイバーシティに対応できるように、多種多様で魅力的な宿が日本中に点在しているということが豊かな社会の条件です。五指で数えられるくらいの宿泊特化型チェーンのホテルばかりが全国の街にあって、どこの街に行っても同じホテルしかないという姿は本当につまらない未来だと思います(もちろん、宿泊特化型チェーンの存在もとても重要だと思いますが)。宿泊施設の選択肢が豊富にあり、十人十色、そして、いろんなシチュエーション、いろんな用途で利用できる未来の姿を、理想の未来に設定したいと思います。
次代の主力産業なのに、現状は問題山積
では、現状はどうでしょうか。宿泊業界すべてではありませんが、残念ながら大方の宿泊施設が「健全」の真反対にあると思っています。ホテル利用者は不満を募らせ、働くスタッフは笑顔を忘れ、仕事を楽しめず、所得は低いまま。経営者は負債を募らせています。
これまで日本の産業を牽引してきた製造業が伸び悩むなかで、日本国は観光産業を成長産業として伸ばそうとしています。インバウンド旅行者の消費額を2030年には15兆円にしようという目標を立てていますが、これは自動車産業を超える巨大産業になるということです。インバウンド旅行者の消費額のうち、30%が宿泊に充てられますから、観光産業の中でも宿泊産業の責務は非常に大きいのです。これからの日本経済を背負って立つ主力産業と言っても過言ではないのです。その次代の主力産業が「おかしい」状態なのです。いったいなぜ「おかしい」状態に陥っているのでしょうか。どこを改善すれば理想形に近づけるのでしょうか。私は、今回下記の3つのプレイヤーに注目してみたいと思います。
① 運営力
② 経営力
③ 現場スタッフの在り方
これらについて考察してみたいと思います。
運営力あるプロがいなければ、ラグジュアリーホテルなんてできない。
まずは、一つ目の「運営力」を考えたいと思います。ホテルの事業価値というのは、土地・建物というハードウェア、オペレーションによって体験という価値を創っていくソフトウェア、そして人が接客して価値を創るヒューマンウェア、この3つの足し算で成立します。ところが、日本のホテル業界は、ハードウェアでホテルの事業価値が決まると考えがちなのか、建物を造ればホテルが価値を生むと考えてしまう経営者や投資家が実に多い。ホテルは、オペレーショナルアセットであり、オペレーションをしないと価値が生まれない事業なのです。現在、「日本にはセレブに選ばれるハイエンドのホテルが少ない」という判断で多くのラグジュアリーホテルの開発が進んでいますが、そのホテルのオペレーションを担う人材が現状枯渇しているのです。ハコばかり素晴らしいものを造っても、運営するプロフェッショナルがいなければ本当の意味のラグジュアリーホテルなんてできません。
宿屋大学が最も力を入れているのが、ここです。つまり、運営力の強化、オペレーターのトップである総支配人やマネジメント人材の育成です。そして、つくづく感じるのは、ホテル総支配人の仕事の難しさです。ホテルのCS(顧客満足)とES(社員満足)と利益(オーナー満足)をバランスよく向上させることが責務ですが、この3つとも高めるためのスキルや経験は、当然ながら一朝一夕には身に着かないものです。
しかし、いま日本の宿泊産業で最も必要としているのがこの運営者、プロフェッショナルホテルマネジャーです。健全な態勢で運営できるマネジメントができる人を増やし、彼ら彼女らが活躍して結果を残していくことが求められます(今年4月からスタートする第12回「プロフェッショナルホテルマネジャー養成講座」は、今月中に募集開始予定です。大幅にバージョンアップさせます)。
難しいビジネスなのに勉強しない!?
続いて「②経営力」について。ほかのビジネスと比較しても、「宿泊ビジネスは難しい」と感じています。客室数のキャパシティが限られているにもかかわらず、需要のアップダウンが大きいこと、天災や紛争、感染禍によってある日突然需要が蒸発するリスク、震災でハードウェアという資産が急に失われるリスクなどが大きいにもかかわらず、現状利幅は相対的に小さいと感じるからです(ライフスタイルの提案や、人の人生を変えられるステージになり得るといった、プライスレスの魅力は非常に大きいビジネスですよね)。
難しいビジネスにもかかわらず、「宿泊業界の経営者は勉強しない」という意見も複数の方から聞こえてきます。下記の例に思い当たる節があるとしたら要注意です。
- ホテルの提供価値の多くは「ソフトウェア」と「ヒューマンウェア」が生み出していることを理解しない(不動産ビジネスとしての宿泊業と割り切っている経営は別ですが)。
- 同業者の成功事例ばかりを知ろうとし、事業成功の本質を思考しない。
- 稼働率よりも客単価を高めることがいかに利益額に効いてくるかもよく理解しない。
- 成熟市場においては、「利便性」で勝負すると価格競争に巻き込まれやすく、資本力のある企業しか勝てないが、「意味性」という価値を訴求し、コンセプトドリブンのマーケティング戦略をとる必要があることを理解しない。
- 高い価格で泊まってくれるお客さんばかりを優先し、何度も利用くださり、今後も末永く利用くださる常連さんの重要性を理解しない(数年後に資産売却する予定なら別ですが)。
- 現場で接客を担うスタッフの最大のモチベーションは「感謝されること」であり、彼らの幸せも経営の目的にすべきことを理解しない。
余談ですが、運営トップの育成をメインビジネスにしてきた宿屋大学が今年から「ホテル経営研究会」を発足するのは、宿泊ビジネスを深掘りしていく必要を感じているからです。
ワークスタイルもライフスタイルも、憧れられるような魅力ある仕事に
3つめの「③現場スタッフ」の在り方も、現状大きな課題があります。離職が激しいこと、それによる人材不足です。その一番の原因と考えられる理由は「過重労働なのに薄給」です。次に、「働く楽しさや遣り甲斐の減少」です。「キャリアデザインを描けない」という理由もあります。ですので、真っ当な給与を提供し、ゲストに寄り添える接客をさせてあげられる環境を創り、将来のキャリアヴィジョンを描けるような業界に変革する必要があります。
現状は、「昭和」を引きずっている企業が多い気がします。「みなさん希望通り、ホテルで接客ができて、お客さんから感謝されながらお給料をもらっているのでしょう? 少しくらい給料安くても我慢してね」というスタンスのホテルです。こういう姿勢を「遣り甲斐の搾取」と呼びますが、この姿勢が通用したのも昭和時代まででしょう。現状は、「お客さまに寄り添ってホスピタリティを発揮したおもてなし」がしたいけれど、「人が足りず、お客さまを<さばく>接客」しかできないホテルばかりです。感謝され「ありがとう」と言われるどころか、不満を持たれクレームやコンプレインを受ける仕事ばかりです。「うちは、最初は給与水準低いかもしれないけれど、年功序列制度だから長く勤めれば徐々に上がっていくから、最初は我慢してね」というスタンスも昭和です。世間で叫ばれている「ジョブ型(職務給)」をホテル業界も意識すべきでしょう。外資系企業においては以前から「ジョブディスクリプション(職務記述書)」が存在し、それぞれの仕事に賃金が決められていますが、そうやって職務と賃金を明確化すれば賃金は上昇していくと考えます。安い仕事には応募者が集まりませんから。同時に、スタッフのプロフェッショナル意識も高まってくるでしょう。現場スタッフは、AIやロボットといった先端技術にはできない仕事を担っていくことになりますので、それはなにか、自分にしかできない仕事はなにかを追求していく必要があります。また、「ホスピタリティの発揮」だけが自分の仕事だと思わないことです。給与という対価を受け取っているのなら、その対価のもととなる利益を生むメカニズムも理解してそれに貢献していくべきなのです。さもなくば、宿泊業界にあなたの仕事や居場所はなくなります。
企業は、多様な働き方に対応することも喫緊の課題になっています。副業を認めること、在宅ワーカーを戦力化する仕組み構築などです。時代や環境の変化に合わせていくことで、ワークスタイルもライフスタイルも、憧れられるような魅力ある仕事にしていくべきです。
スケールメリットを出しつつ、多彩なコンセプトの宿が輝いて存在する未来
ここまで、宿泊事業の価値を担う3つのプレイヤーの現状と変革を考察してきましたが、業界の構造的な問題を最後にお伝えしたいと思います。業界の構造的課題、それは、難しいビジネスであり必要なスキルが多種多様にもかかわらず、日本は、独立系中小(100室以下の1棟)のホテル・旅館が7割以上を占めているという点です。やるべきことも、かけるべきコストも、身に付けるべきスキルも多種多様で多いにもかかわらず、それらを一社一社で賄っているのです。つまり、生産性が極めて悪いのです。
そして、それらの小規模の宿泊施設の多くは、「経営者が高齢化していて後継者がいない」という問題を抱えています。ここにも「ハコばかりあって運営するヒトがいない問題」があるのです。前述の通り、ホテル経営は難しく、身に付けるべきスキルは多種多様でプロの育成には時間がかかります。
課題を整理しますと、
- 生産性の低い独立系中小施設が7割存在している
- 生産性を高めて待遇や働く魅力を高めないと現場を担う人材が枯渇する
- 健全運営できるプロの運営者の育成には時間がかかる
- 日本の主要産業にならなければならない宿泊産業を縮めてはいけない
冒頭に述べた「不健全で、おかしい」現状は、こんなことが理由で起こっているのではないでしょうか。
解決策のひとつは、生産性の低い独立系中小施設のネットワークを作り、支援体制を築き、スケールメリットを出していくことです。個々の宿の運営者は、できる限り運営に集中でき、専門的なこと(集客、レベニューマネジメント、CRM、食材や備品、アメニティの共同購買、現場スタッフの提供、スタッフトレーニング、施設管理サポート、オーナーリレーション、ファイナンス支援など)をトータルでサポートできる仕組みづくりです。コンセプトが魅力的で未来に残したい宿をDXによってネットワーキングして支援、助け合う取り組みができればと思います。
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