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「宿屋大学のプログラムは、ホテル偏重なので、旅館のことをもっとやってほしい」
ごくまれに、私はこんなリクエストをいただきます。こういうご意見をいただく度に「ホテルと旅館の本質的な違いって何だろうか?」と自問自答します。「同じ宿泊業じゃないか」と思います。「館というハードを持ち、宿泊される方に対して、人を使って接客オペレーションして価値を提供する」という意味では同じです。
ただし、私の中では、「パブリックスペースでも、ゆったり、まったり寛げるのが旅館であり、ホテルはそれを制限している宿」という違いを判断軸としています。では、その違いを踏まえて、経営者やマネジャーに必要な要素は違ってくるのか。この疑問を思考すると、やはり本質的には変わらない。問題解決思考力、ヒトモノカネ情報という経営資源の最大化のノウハウ、開発や集客ノウハウという必要な要素に違いはない。よって、枝葉末節の部分の違いはあれど、経営者やマネジャーに求められる本質的な要件は変わらないと私は思います。もし、「いやいや、旅館経営者ならではの必要な要素は、あるんです」というご意見がありましたら教えてください。
宿泊ビジネスの本質的な特徴とは
また、宿泊ビジネスとそれ以外のビジネスの違いとはなにか。「ホテルの経営者やマネジャー」と「そのほかのビジネスをやっている経営者やマネジャー」に求められることには、どんな違いがあるのだろうか。この問いもよく考えます。これこそが宿屋大学の存在理由ですから。他業界に存在するかどうか分かりませんが、業界特化型のビジネススクールは、珍しい存在だと思います。
みなさんは、「宿泊ビジネスとそれ以外のビジネスの違いってなんですか?」と訊かれて、答えられますか。「こういう違いや特性があり、だからこそこういう取り組みや能力やスキルが必要です」といった思考が、ホテルのマネジャーがすべき問いと思考なのだと思います。

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エイドリアン・ゼッカ氏の旅館の定義
冒頭の議論に戻ります。ホテルと旅館の違い、そして旅館の定義について。世界に何十万人ものファンを持つアマンリゾートは、エイドリアン・ゼッカ氏というホテリエが38年前に創業されたリゾートホテルブランドです。このアマンリゾート、実はゼッカ氏が日本旅館の素晴らしさに感銘を受け、旅館にインスピレーションを得て創造されました。
そのゼッカ氏が、プロデュースした日本旅館があります。Azumi Setoda。しまなみ海道の中央にある生口島に4年前に誕生しました。以前からゼッカ氏が考える「旅館とは何か」を知りたくて、私がずっと気になっていた宿ですが、先日取材する機会がありました。そして、アマンリゾートを創ったゼッカさんが感じている旅館の本質とはなにかを知り、体感するということは私にとってとても貴重な経験となりました。
土地に呼ばれて宿を創る。これこそ旅館の主の使命
Azumi Setodaに、開業のキーパーソンのインタビュー記事を紹介した一冊の本があります。そこにゼッカ氏の言葉が紹介されていました。ゼッカ氏が考える旅館の本質は「家族経営による温かみ」だそうで、ご自身の言葉として次のように紹介されています。
「スタッフ自身から滲み出るサービス、おもてなしが本質です。つまり、気持ちの問題。それは言葉では言い表せない。わずかな所作や態度です」と。
よって、マニュアルも行動指針も存在しない。スタッフの個性や自主性にゆだねている。もしくは、スタッフ一人ひとりが、ゆっくりじっくりアマンの文化、風土に感染されていくのをじっと見守る。そうした、個性とアマンらしさを兼ね備えたスタッフの接客によって生まれたゲストとの関係性こそ価値になる。世界中に何十万人といる自称「アマンジャンキー」の顧客は、そうやって生まれてきた関係性の産物(つまり、売上利益が先じゃなく、ゲストとの関係性を創ることが大前提ってことですね)。こうした家業的な取り組み、アプローチを事業としてチャレンジしているのがアマンリゾートであり、Azumi Setodaです。
そして、もう一つの「ゼッカ氏の旅館の定義」。それは、「その土地の声を聴く」ということ。ゼッカ氏がホテル開発する際は、「土地に呼ばれて宿を創る」とあります。そうした場合、プランはすでにある。開発プランを後から創るのではなく、そのプランに耳を傾けて、その土地が創ってほしいように創る。そうしないと、どんなにお金をかけてもうまくいかないと・・・。その土地に刻まれた歴史や習慣、文化を大事にして、それを来訪者に素直に、歪曲することなく伝えていく。それこそ旅館の主(あるじ)の使命。主の哲学や思想や情熱が館に広がる空気となってスタッフに伝わり、それがゲストに温かみを持って伝わっていく。これこそ、旅館の価値であり魅力なのかもしれません。
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