「ホテル・旅館におけるコンプライアンスの基礎知識」
(株) 田代コンサルティング 代表取締役 田代英治氏 インタビュー
シリーズ「ホテルにおける超人材難時代の人の育て方」の三回目は、コンプライアンス(企業が守るべき法律や企業倫理)の問題を取り上げます。サービス残業やパワハラ、セクハラなどのハラスメントなど、以前は、なんとなく許されていたことも、現在では厳しく罰せられることが多くあります。ホテルスタッフの離職の原因となってしまう上司・先輩社員は、往々にして「自分たちは正しいことをしている(自分たちもそうやって厳しい経験を経て今に至っているから、それらの経験や価値基準は正しいに決まっている)」との認識で部下を指導していますが、「昔は通じたが、今は通じない」ことは多いのです。今回は、その認識のずれを、ホテル・旅館業界の労務問題に詳しい(株)田代コンサルティング の田代英治代表取締役に紹介していただきます。
まずは、下記のチェックリストの問いに答えてください。パワハラだと思う項目にチェックをいれてください。
はい、ありがとうございました。あなたはいくつ該当しましたか?
実は、これ、すべてパワハラです。度合いの差こそあれ、これらはすべてパワハラ行為になります。
「自分たちもこうしてやってきたのだから」は、通用しない
早速、田代先生にお話を伺いたいと思います。
●パワハラ問題が、宿泊業界でも散見されるのですが、パワハラなどが発生する組織に共通する点というのは、ありますか?
パワハラ問題は、実はホテル・旅館業界に限らずいろんな業界で発生していますが、共通しているのは、閉鎖的なところで起きているということです。つまり、自分たちが常識的にやっていることが世間の常識に照らし合わせた場合、非常識になっているということに気付いていない組織で起こっているのです。古い体質のまま来てしまっているのです。明らかに確信犯でやっているケースも中にはありますが、ほとんどが「自分たちもこうしてやってきたのだから」ということでやっているので悪気があってやっているのではないのです。やっている方は罪の意識がないので、非常に悩ましい問題です。時代は大きく変化しています。40代・50代の人たちが20代だったころと今とでは、時代背景も、20代の人生観や価値観も違うのです。これはアメリカなどでも同じ問題が起きていて、ミレニアル世代にどう対応すべきかということが、人材マネジメント上大きな課題となっています。時代の変化に対応すべきです。
●おっしゃる通りだと思います。今の若者には根性論も通じないし、出世欲のある野心家も減っているように感じます。自分たちの価値基準だけを押し付けると反発が起こるのは当然です。いろんな価値基準があるなかで、「うちの企業では最低限ここまではしっかりスタンダードを守っていきましょう」というガイドラインを会社が示すことだと思います。
さて、では、何がパワハラで、何がパワハラに当たらないのか、こうしたガイドラインはあるのでしょうか?
はい、平成24年に、厚生労働省が定めたものがあります。
これで言うと、1)~3)は、確信犯的な、明らかにパワハラにあたるものですので比較的防ぎようがあります。難しいのは、4)と5)です。とりわけ、4)は判別が難しい行為です。上司としては、指導の一環として「部下の成長のために」という思いでやっているのでしょうが、部下としては、過大な要求であって、非常に苦痛に感じている。ストレスを感じて、精神疾患に陥るケースもあります。つまり、認識のずれがあるのです。熱血上司の方がやりがちです。昔のやり方をそのままやってしまうケースです。
●では、どうしたらこうした認識のズレからくるパワハラをなくすことができるのでしょうか?
組織的に対応しなければいけないことは、まずは「なにがパワハラに当たるのかを正しく認識する」ということです。そして、どんなリスクをはらんでいるのかということを組織全員が知ることから始めるべきです。これは経営者や上司だけではなく、パワハラを受ける側の社員も知っておくべきでしょう。進んでいる企業は、フォロワーシップ研修として末端の社員にパワハラ研修をしています。
実は、パワハラ規制法といったものはなく、「パワハラが発生したから直ちに罰を受ける」ということにはなりません。ただし、パワハラを受けた部下がうつ病などのメンタル疾患になったときに、それが上司のパワハラが原因と認められた時、労災認定されたり、本人から損害賠償請求の裁判を起こされることになります。さらに、そうした事態がマスコミに知れたり、うわさになって流布されてしまうと、ホテルや旅館は一気に、「あそこはブラック企業だ」という悪いイメージが広まります。結果、お客さまからも業界人からも支持されなくなります。そうやって疲弊し、ファイナンスが回らなくなって倒産に追いやられるホテル・旅館も見ています。
「行動」ではなく、「人格への指摘」がパワハラに
パワハラ行為をしないために押さえるべきポイントの一つは、「部下の行動」について指摘をするということです。熱血上司の場合、行動に対する指摘にとどまらず、「部下の人格」に対して指摘してしまうことがあり、それがパワハラにつながることがあります。例えば、「お前みたいな使えない奴はダメだ」とか「どういう育ち方をすればこうなるんだ」「親の顔が見てみたい」などです。業務上改善してほしい行動をするのが指導であるにもかかわらず、このような人格や人間性、育ちといったまったく関係ないことへの否定が日常的に繰り返されるとパワハラになります。
こうした正しい知識をしっかり社員に伝え、会社として絶対に許さないという姿勢を訴えることが大切です。
●田代先生は、いろんな業界を見ていらっしゃいますが、宿泊業界がほかの業界と違っているところはどんな点でしょうか?
近藤さんも、「ホテル業界の方々は、ホスピタリティをお客様や使うが部下には使わない人が多い」といったことを指摘されていますが、おっしゃる通りで、スタッフを人間扱いしない傾向にあるのは感じます。もちろん全企業とは言いませんが・・・。人材を、コストの一部だと思っているのでしょうか、いくらでも取り換えが効くという認識を持たれているのではないかと感じることがあります。
当然、宿泊業は労働集約型ビジネスですから人件費コントロールは大事なのですが、圧縮しなければならないという意識があまりにも強い気がします。ですので、業界におけるコンプライアンス上のもう一つの課題であるオーバータイム(長い業務時間やサービス残業、タイムカードの書き換えなど)の問題も、これに帰結するのではと思います。働き方改革で、労働法も企業にとってより厳しくなります。労働時間管理も徹底していかないとコンプライアンス違反になります。
人が採れないことへの危機意識をどれだけ持つか
いま、ホテルも旅館も一様に業績が好調です。人手不足という問題はあっても、業績好調のタイミングというのは、なかなか意識改革しなければいけないという機運にはならないと思いますが、今後は、「ブラック企業」というレッテルが貼られてしまったホテル・旅館には、人が集まらなくなってきます。ですので、コンプライアンスに対する認識をしっかり持って意識改革・業務改革していった企業しか健全経営はできなくなるでしょうね。
内部通報窓口のような相談窓口を設け、相談がしやすい体制を作っておくことも、ことを大きくしてしまうことを未然に防ぐ一つの方法です。悪い噂が広まることは、ホテル・旅館企業にとっては、ブランドイメージの棄損になりますから、大きな損失になってしまいます。
人事部が現場に負けてはいけない
また、パワハラ・モラハラをしてしまう上司、マネジャーに多い例は、優秀な人であることです。
例えば、よくあるケースなのですが、内部通報などでパワハラらしき訴えが上がります。訴えたスタッフと、やったと思しき上司、第三者などに人事がヒアリングをかけます。そうやって調査をするのですが、「真実は間違いなくパワハラがあった」と思われる案件でも、もみ消してしまうのです。加害者であるマネジャーが優秀だったりすると経営陣や部長クラスがかばってしまう。それに人事部は対抗できないということも原因です。宿泊業に限らず、人事部がもっと強くならないといけないとも感じています。人事部が現場に負けてはいけないのです。労働組合がない企業がほとんどですから、人事がしっかり機能し、社長と直結しているような組織が理想です。
最後に、パワハラを受けたホテル業界人にもお伝えしたいのですが、パワハラなどを受けても、黙って辞めてしまう人が多い気がします。宿泊業界は転職しやすいので、いやなら転職すればいいと考えがちですが、それではその企業はいつまでも改善されません。内部相談窓口等を活用し、伝えるべきはしっかり伝えていく努力が必要なのだと思います。
【お知らせ】
田代先生は、2018年7月27日総合ユニコムから、『ホテルの[労務管理&人材マネジメント]実務資料集』を上梓されました。下記から注文できます。
https://www.sogo-unicom.co.jp/data/book/0520180702/index.html#CDROM